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沿革
1768年  宗玄家酒造業創業(初代 宗玄忠五郎)
1844年  清酒発祥の地 伊丹の酒造家(松緑)松屋与兵衛藏で
 秘伝を習得(四代目 宗玄忠五郎)
1847年  清酒宗玄剣山を醸造発売
1853年  「京唐臼」と名づける精米機を創造
   清酒に火入れする装置を改良考案
1907年

 宗玄酒造株式会社創立
 (初代社長 五代目宗玄忠五郎  就任)
1910年  二代目社長 米村又次郎 就任
1922年  三代目社長 大井達次郎 就任
1924年  清酒宗玄大本営御料酒仰付かる
1928年  四代目社長 表与三吉 就任
1929年  五代目社長 徳力米次郎 就任
   六代目社長 米村為八郎 就任
1957年  株式会社創立50周年式典
1960年  七代目社長 杉本佐吉 就任
1970年  無濾過生原酒 発売
1978年  八代目社長 栃平一男 就任
1985年  清酒宗玄移出数量10,000石 達成
   明和蔵改修 槽場建替え
   明和蔵麹室改修
1990年  九代目社長 米村康夫 就任
1991年  明和蔵改修 仕込蔵建替え
1992年  明和蔵改修 原料処理場建替え
 瓶詰場建替え
1994年  宗玄物流センター建設
   食品衛生施設 厚生大臣表彰
1995年  作業厚生棟(蔵人宿泊施設及び検査室他)建設
1996年  事務棟建設
1997年  平成蔵着工
 株式会社創立90周年式典(物故者法要)
1998年  平成蔵完成(平成蔵・明和蔵)分離 小仕込生産体制
2007年  十代目社長 大井一星 就任
 宗玄酒造株式会社創立100周年式典(物故者法要)
2009年  第22回いしかわ広告景観賞 県知事賞受賞
   徳三郎を発売(百貨店大和と共同開発限定酒)
2011年  十一代目社長 徳力暁 就任
2012年  艶やか宗玄シリーズ発売
2013年  瓶詰場建替え
 隧道蔵シリーズ発売
 奥のとトロッコ鉄道開通
 GOOD DESIGN AWARD 2013受賞


  全国新酒鑑評会受賞歴
1992年  全国新酒鑑評会初出品 金賞受賞 (平成3酒造年度)
1993年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成4酒造年度)
1996年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成7酒造年度)
2001年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成12酒造年度)
2002年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成13酒造年度)
2003年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成14酒造年度)
2004年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成15酒造年度)
2005年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成16酒造年度)
2006年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成17酒造年度)
2009年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成20酒造年度)
2010年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成21酒造年度)
2011年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成22酒造年度)
2012年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成23酒造年度)
2013年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成24酒造年度)
2016年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成27酒造年度)
2017年  全国新酒鑑評会 金賞受賞 (平成28酒造年度)


宗玄酒造株式会社の成り立ち
〜地名の起源と宗玄酒〜

 天正五年(1577年)七月、上杉謙信が七尾城を攻め能登守護職畠山式部大輔義春を滅ぼ したとき、たまたま十三夜の月にまみえ、「霜は軍営に満ちて秋気清し」の七絶を詠じたこと は、史上あまりにも有名であるが、そのとき一族の畠山左衛門尉宗元は、若干にして刀剣一振 と共に城を脱れ、珠洲郡松波城に入り、城主畠山義親の許で成長したが、のち同郡鵜島村地内 に田地二百石を贈られ、宗玄と改姓して一戸を構えたのが、現在の当社の場所である。 慶長九年(1604年)前田利長によって、十村の制度が布かれるや、間もなく十村役とな り、のち次男に隣地を分つて分家させ、肝煎頭として十村役を補佐させた。 里人からは、宗玄両家と呼ばれ、永く繁栄したので、いつしか地名を宗玄と呼ぶようになった。

〔元禄十四年(1701年)郷村名義抄〕
“此村先年は、鵜島村の内にて御座候ところ、明暦二年(1656年)に別村に相立ち、同村 忠左衛門と申す百姓名を宗玄と申候に付、村名に罷成り候”

 〔能登名跡志〕
“宗玄村に、すなわち宗玄の忠左衛門という古き百姓あり、この者あるをもつて宗玄の名あり” 古記録によると、明和五年(1768年)宗玄家は酒造業をはじめている。そして、売り出 された酒を里人は宗玄酒と呼んだとある。  四代の主、忠五郎は見山と号したが、当時この地方で一般に飲まれている酒が、いわゆる 「どぶろく」であり、酒の味も香りもあまり問題にされず、ただ酔いを買うだけのために酒が 飲まれているのにあきたらず、自ら酒蔵に入って、苦心研究数年間にわたったが、良酒を得る ことができなかったので、決然志をたてて酒造先進地に、その秘法を求めることとし、家郷を あとにしたのは、弘化元年(1844年)の春であった。 先づ、尾張国亀崎に赴き、ついで歩を当時日本一の美酒の醸造地として知られていた、摂津 国伊丹、灘地方へのばし、たまたま知った郷土出身の伊丹の酒造家松屋与兵衛方に身を寄せ、 心魂を打込むひたむきな修業のすえ、漸く美酒造りの秘伝を習得するにいたったのであった。 弘化四年(1847年)春、故郷に帰った忠五郎は、研究の成果を発揮して純良の清酒を醸 し、「剣山」と命名して売出したが、地方では始めてみる清酒であり、忠五郎が他郷になめた 酒造りの苦心談も評判となって、遠近に売行き多く名声を博した。 ことに、富山湾をへだて、一葦帯水の、越中地方へ船便でどしどし持ち運ばれ、多くの愛飲 者を得たのであった。

 〔能登名跡志〕
“嘉永六年国守前田齊泰、領内巡視の途次、四月十四日寺家の三崎氏より発し、妙厳寺、法住 寺に休憩し、同白山社に参拝し、宗玄村忠左衛門に宿泊”  しかし、世人は酒銘「剣山」を呼ぶこと少なく、先祖伝来の「宗玄酒」と呼び慣れたのが、 ひろく喧伝されて現在にいたっている。これが因縁から、現在も使用中のレッテルに、剣の山形の図案をあらわし、愛飲家諸賢にひろく馴染まれているところである。  また、清酒「剣山」造り出しの時代には、能登、越中の酒家はことごとく「剣山」の看板を掲げ清酒販売の商標とする有様であったことは、かくれのない事実であって、「どぶろく」一 色に塗り込められていた酒の世界に、当時の愛飲家が如何に驚嘆をもって、清酒を迎えたかを 知ることが出来る。
『天の美禄』より抜粋
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